※一部差別用語が書かれていますが、その場を忠実に再現するために使用したものであり、
差別を肯定してるわけではないことを、あらかじめ了承した上でお読みください。
彼に初めて会ったのはプノンペン。
遅い朝食を食べていたときだった。
キャピタルに泊まってる日本人としか思ってなかったが、キリングフィールドのツアーが一緒だった。
日本人は私たちを入れて4人。
ウチらは後ろの席に座り、彼とおじさんは向かい合わせに座った。
その途端、彼のおじさんに対する質問攻撃が始まった。
「どちらからいらしたんですか?」
「仕事は何をなさってるんですか?」
「どちらに住んでるんですか?」
しゃべり始めてしばらくしてからでないとできないような質問を、彼は怒涛の如く浴びせていた。
「何だかすごいおしゃべりな人だなー。おじさんも大変」
なんて同情してたら、それ以上におじさんは饒舌だったので、彼の方がタジタジになっていった。
彼よりもガイドの女の子と話すのが楽しくなったおじさんは、女の子と英語で話し始めた。
そのうち彼はつまらなくなったらしく寝てしまった。
キリングフィールドでは現地の子の写真を取っていた。
一眼レフを持っていて、かなり写真に熱中してたので、
「27,28歳くらいの写真家かねー」
なんて話してた。
その彼と再会したのはシェムリアップで。
二日目の観光が終わりホテルへ帰ると、見たことある顔が玄関にいた。
「あのカメラ、Tシャツ、タオルはカメラマンかな?」
正解だった。
「どーも!今日着いたんですよ。いつ着いたんですか?何で来たんですか?
アンコールワット見ました?どうでした?
あっ!今ねサッカー見てたんですよ。ユーロ2000。サッカー好きですか?
ポルトガル?今年ムッチャ強いんですよ、ポルトガル!
イングランド、ドイツ破って3連勝したんですよ!(かなり興奮気味)
俺はチェルシーファンなんですけどね。次バンコクですか?飛行機いくらでした?」
ウチらの返答を聞いてるのか聞いてないのかわからないくらい、しゃべり続ける。
と思うと、突然話の途中でTVにかじりついたり、犬が通ればその写真を撮り始めたりと、非常にせわしない。
面白かったのは、犬を撮ろうとしたらサッカーがいいところになって、
TVの方に行くと「犬が逃げるよ」教えられ、あっちこっちふらふらしてた。
二兎追うものは一兎も得ず。
この夜、4人で夕飯を食べに行くことにした。
このときはカメラマンはいなかった。
メニューを見て注文しようとしたその時、突然彼が現れた。
「こんな高そうなとこ入ったんですか?どうしようかなー」
「『一緒にいいですか』とも言わず参加してくるということは、
誰かが誘ったのかな?それにしても礼儀を知らん人だなー」
そんなことを考えながら食事は始まった。
案の定、しゃべり始めた。
初対面の人が二人いたのでその人達にまず、自分のカメラが壊れたことを報告する。
これは食事前に私ともう一人の人は聞いていた。
内容は、
「夕焼けのアンコールワットを撮ろうとしたら、カメラが壊れていて撮れなかった」
というもの。
ここで最初の不協和音が発生した。
彼の命の次に大事なカメラ(自分で言ってた)を修理に出したら、
その修理屋に「コンパクトカメラを5ドルで貸す」といわれたらしい。
そこで一人が、
「それはいわゆるバカチョンですか?」
と言った。
これは差別用語であり、使ってはならない言葉の1つであり、
これを言った彼は、本当の意味を知らなかったそうだ。
するとカメラマンがすかさず、
「バカチョンというのは差別用語なんで、僕は使いませんけど」
と言った。
これは正しいので何も言わない。その通りだ。
でもその次に言ったことは納得がいかなかった。
彼がアメリカでストリップショウを見に行ったときのこと。
ストリップの途中で別室に案内され、踊り子と二人っきりになり、
彼の前でプライベートダンス(←?)を踊ったそうだ。
終わって帰ろうとすると、
「200ドル出せ!」
自分が気に入られて踊ってくれたと勘違いした彼は驚いて逃げようとするが、
出口にはごっつそうな黒人さんが・・・
そこで彼は2000円札を出し、
「これは2万円分の価値があるからこれで勘弁してくれ」
と言って難を逃れたそうだ。
なんだかガイドブックに出てきそうなありがちなトラブルケースだが、ここにその本人がいた。
次に彼の言った言葉は、
「日本円を知らないバカで良かったですよ」
さっき朝鮮人を差別する言葉を使った人をたしなめた彼が、アメリカ人をバカ呼ばわりするのは、矛盾している。
差別用語を使わなかっただけで、見下してることにかわりはない。
これには首をひねってしまった。
もう1つ軽いジャブの応酬があった。
彼が「ラオスに援助しているのは日本が一番」と言ったことに対して、
一人が、
「スタッフの派遣はしてるのか?それともお金の援助だけか?」
と聞いた。
すると彼は、
「いやそんなことありませんよ。なんて言ったけな?あの人?
うーん。あー。(かなり苦悩する)名前が出てこないけど、
NGOとかが指導してるらしいし、橋も日本の援助で作ったし。
日本がお金だけ出してるという考えは間違いであって・・・(以下省略)」
その後もたびたび"変な奴"と思うことがあった。
でも私だけかなーと思ってたら、みんながそう思ってたことがわかった。
カメラマンはユーロ2000でTVにかじりついてるとき、みんなでテラスで飲んでた。
そこでカメラマンネタになってしまったのだ。
すると出るわ出るわ、変な行動のオンパレード。
1:プノンペンへ行くバスでカメラマンと一緒だった人が、
カメラマンの体調の悪さを気遣って、エアコン付の部屋をシェアしようと申し出た。
しかしカメラマンは、ツインルームを取ってくれた人に、
「俺やっぱりシングルにします」
「もう取っちゃったよー」
「取り消せばいいじゃないですか」
結局彼は一人で12ドルもする(シングルなら3〜4ドル)ダブルに泊まった。
2:M子さんがシェムリアップへ向かうボートの中で、前置きも挨拶もなく突然、
「カメラもう一個もってます?」
これが最初の出会いだったそうだ。
3:何故かやたらと高校のとき何をやってたか聞きたがる。
4:人の食べてる物を食べたがる。でも自分のはあげない。
5:人の話を聞かない。私は同じことを3回聞かれた。
もっとたくさんのエピソードがあるが割愛します。
周りの空気を読めないって気づかないところが恐ろしい。
でもこれも若いからなんだろう、という結論になった。
これから社会に出れば、いろんな経験をして変わるかもしんない。
いや、変わらんかもしんない。
旅先でこういう変な人に会うのは1つの楽しみだ。
もっとおかしな人はたくさんいるが、まだそこまで強烈な人には出会ってない。
これからどんな人に会うんだろう。
変人ってやっぱいいなー。
変態も面白いかも。
そんなことを考えながら、今日も旅を続ける。
2000/6/29 |