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インドが大嫌いになった日
※この話は、実際に起こったことです。ありのままに書いてます。
 ですから、「私インド大好きなのに、ひどいこというのね」とか、
 「これくらいで嫌いになるようじゃインドをわかってねーな」とか言われるのは御免ですので、
 インド大好きな人は読まないでください。

※かなりの長文です。読むのに時間がかかります。
 ご飯を食べてない人は、食べてから読んでください。



エローラ・アジャンター石窟寺院のあるアウランガバードから、
ムンバイ行きの2等寝台のチケットは、前日に簡単に予約できた。
今までの経験からいって前日には無理のことが多かったのだが、今回はあっさり取れた。
この時まではよかった。
この後の出来事のおかげで、地獄を見る羽目になろうとは誰が想像したであろうか。


21:10に到着予定の列車は、いつものように遅れていた。
インドの列車が数十分〜数十時間遅れるのはよくあるので、あんまり気にしていなかった。
プラットフォームには人があふれている。
これだけの人数が本当に乗れるのか疑問なくらいの人数だ。
その中で、胸に四角いバッジやステッカーをつけ、青い旗を持っている集団がいた。
私はてっきりインド人のツアー団体で、休日を利用してアウランガバードに来ているのだと思っていた。
その集団は若い男性が多く、奇声を発したり、プラットフォームを行ったり来たりと、行動がおかしかった。
そんな彼らを見ていたら、列車があと2分で到着するとの放送が流れた。
構内に緊張が走る。みんな少しずつ、線路に近づいていく。
我先にと乗ろうとするからだ。
しかし私達の持っているチケットは、予約済みの2等寝台。
急がなくても乗ってしまえばこっちのもの。
だから呑気に構えていた。

10分後、まだ列車は来なかった。
ようやく来たと思ったが、ライトが見えているのに、ホームに入ってこない。止まっている。
なんだか様子がおかしい。
それに気付いたのは、列車を目の前にしてからだった。
列車の屋根の上には人が乗っていた。それも数十人も。
そして、車両の窓という窓、ドアというドア全てが閉ざされていた。
インドの列車の窓は、ガラスと鉄の雨戸の2重になっており、鉄格子もついている。
その雨戸の方が全て閉まっていた。
ドアも鉄製で、中からかんぬきのようにロックをするので、外からは開けられなくなっていた。
ホームにいた人々は、「開けろー!!」と叫びながらドアを蹴り、雨戸を叩いている。
一部開いていた(と言ってもガラスで閉めてある)窓に、怒鳴りつけている人もいる。
駅員は見て見ぬフリ。
今にも暴動が起きそうな、一触即発の険悪な雰囲気に包まれた構内にいた私達には、
一体何がどうなっているんだかさっぱりわからない。
この列車に乗ろうとしていた外国人旅行者の姿も見えないくらい、もうメチャクチャになっていた。

ようやくドアが開いた瞬間、数十人が一斉にドアに押し寄せた。
車内を覗いてみると、人人人の山。
どうやったらこんな人数が乗れるのか不思議なくらい人がいる。
さっきまでのホームなんかより、全然多い。
ここで気後れしてたら、すでに購入済の明日の夜のムンバイ〜デリーの列車に乗れなくなってしまう。
こうなったら乗るしかない。
乗って奴らを退かせて席を確保しよう。
そう思った私がバカだった。


中に入るともっと驚いた。
普段6人で座るベンチに12人以上座っている。
寝台の上段にも6、7人は乗っている。
そして通路という通路、トイレにまで人がいる。
床なんて見えない。
隣のベッドを予約していたインド人の女の子が、ついてこいと言うのでついていったが、
自分のベッドにつくまで5分かかった。
その間に、人を踏んづけ、子供を蹴り(わざとではない)、押しのけた人数は何人だったのかわからない。
インド人の女の子と一緒に、

「チケット見せろ!ここは私の席なんだよ!予約ないのに乗るんじゃねえ!」

と文句を言いまくり、どかそうと押したが、相手はみんなグル。
『みんなでただ乗りすれば怖くない』の精神で全く動じない。
動じないどころか、逆ギレする始末。
他の奴らもヘラヘラ笑っている。
ダメだ。なに言ってもダメだ。
こんな中で、8時間も乗りつづけるのは絶対無理だ。
一緒に乗り込んだおじさんが、

「逆らわない方がいい。しばらく黙ってなさい」

と言うのでおとなしくすることにした。
インド人の女の子も、むくれたまま無理矢理に席に座った。
しかしこのオヤジも、親切にかこつけた変態オヤジだった。
わざわざ私と相方の間に入り込み、手を触ったり、顔をなでたり、足をこすりつけたり、
挙句の果ては、超不自然な格好で下半身のみ私に擦り付けてきた。
もちろん、

「触んじゃねー!!!」

と怒鳴り、その度に叩きまくっていたが、悪びれる様子もない。

変態オヤジにむかつきながら、本来自分の席であるはずのベンチに無理矢理座り、
あたりを見てみると、さっきホームで見ていたあの四角いバッジを付けている連中がたくさんいた。

一体奴らは何者なんだ?
この列車を占領し、車掌の手におえないこの団体は何なんだ?
この集団に怒りをぶちまけても、多勢に無勢。
勝ち目はない。袋叩きにあうだけだ。
こんなところ早く出よう。途中の駅でいいから降りよう。

そう思い、席を立ち歩き出した瞬間、事件は起こった。

私は股間を握られた。
「握るものがあるんか?」と思われるかもしれないが、実際握られたのだ。
むんずと掴まれたのだ。
犯人は、隣にいた例の四角いバッジを付けたハゲオヤジだった。

「このヤロー!人の股間掴みやがってー!ぶっ殺す!テメー!!!」

こういうときは日本語でいい。
下手に英文を考えると、迫力に欠けるので怒りに任せて罵りまくった方がいい。
もちろん襟首を捕まえ、叩きつけた。
相手は、

「お前が足踏んだんだろうが!」

と逆ギレ。
ふざけんじゃねー!このハゲが!
相当頭に来た私と逆ギレのハゲオヤジの間に仲裁に入ったのは、変態オヤジだった。
こいつもなだめるついでに、また触ってきやがる。
殺したい衝動に駆られたのは、これで3度目だ。
その前のは日本でだが。
しかしここで殴り合いになっても場所が悪い。悪過ぎる。
謎の四角いバッジ&青い旗集団にリンチされ兼ねない。
私のほうが圧倒的に不利だ。
一刻も早くこの場を離れよう。こんな列車乗っていたくない。
次に止まった駅ですぐに降りられるよう、デッキに移動しよう。

デッキへと再び進み始めた。
しかしデッキに行っても人の山は変わらない。
むしろ私達の様子を見に来る野次馬どものおかげで、一層混雑している。
こっちだって負けてられない。
子供を抱えたおばはんに文句を言われどつかれると、負けずにどつき返す。
子供が泣こうが喚こうが知ったこっちゃない。
座りこんでるおっさんを蹴り立たせる。
触ってくる男達をはたきつける。カバンでぶん殴る。
それでもみんな逆ギレ。

「お前らチケットも持ってないくせに、でかい顔すんじゃねー!!!バカヤロー!!」

そう叫んでも、相手は余計面白がるか、逆ギレのどっちかだ。
これは悪夢だ。そう思いたかった。
しかし目の前には、すし詰め状態の人間の山。
これが現実だ。

ようやくドアの前に辿り着き、かんぬきのロックを開けようとすると、なんと壊れていた。
外から開けられないように壊したと疑ってもおかしくない。
こいつらならやるかもしれない。
私がガチャガチャ、壊れたかぎを開けようと無謀なことをしていると、反対側のドアの方から声がした。

「次の駅で降りるならこっちに来て!そっちは開かないから!」

声のする方へ行ってみると、四角いバッジをつけていない普通のビジネスマン風のインド人がいた。
彼とその隣にいた熟年夫婦が場所を開けてくれ、そのドアの前まで来ることができた。
こんな狂気じみた中にも、まともな人がいたんだと思い、
そしてなんでこんな目に合わなきゃいけないのかを考えていたら、涙が出てきた。

「泣かないでね。もうすぐ駅だから」

周りの助けてくれる人達にそう言われると、余計涙が止まらなかった。

どうして同じ国の人間でこうも違うのだろう。
みんなこれが普通で当たり前のことなんだろうか。
こんな思いをしてまで、列車に乗るのはもういやだ。
早くインドを出たい。2度と来たくない。

いろんな思いが頭の中をグルグル回ってる間も、涙は止まらなかった。


駅に近づくに連れ、途中で止まる回数が多くなった。
いつでも降りられるように、ビジネスマン風の彼があらかじめ開けておいたドアから、
停車中にもどこからか人が乗り込んでくる。
一体何人乗れば気が済むのだろう。
だんだん私達も立ってるだけで精一杯になってきた。
外から乗りこむ人間が出てくると、中の人間の居場所が狭くなる。
そこで、中の連中は開けてあるドアを閉めようと圧力をかけてくるのだ。
冗談じゃない。
駅の目の前に来たのに、降りられなかったらここまでの苦労が台無しだ。
閉められないように、周りの人達を踏ん張った。


そしてついに2時間後、駅に着いた。
だんだんと閉められてくるドアに挟まれながらホームに降りた。
目の前には、アウランガバードと同じ状況が繰り広げられていた。
開かないドア。閉め切られた窓。車両を蹴る人。怒鳴る人。他の開いている車両を探すために走りまわる人。
車内にはうすら笑いを浮かべた人。罵倒する人。一切無視する人。
2時間前と同じだ。
このまま別の列車を待つことを考えたが、まずは同じ列車のエアコン寝台車(ACスリーパー)に
空きがあるかもしれないから、それを聞いてみようということになった。
急いで車両を探し、車掌に掛け合った。


「空きがあったら乗せて欲しい!!」

しかし無情にも空きはなかった。
おそらく2等寝台のチケットを持っている人々が、「これじゃ乗れない」と急遽アップグレードした結果だと思う。
ないものは仕方がない。
諦めて別のムンバイ行きの列車を探すことにした。


降りた駅はマンマド駅。聞いたこともない。
ロンリープラネットにも載っていない。ましてや歩き方になんて載ってるわけがない。
とりあえず時刻表を見に、チケット売り場へ行ってみた。
そこには、列車を待っているのか暮らしているのかわからないような人が、大勢寝ていた。
かろうじて通路はあるが、野良犬はお構いなしに寝ている人間の上を走っていく。
インドでは当たり前のこの光景も、この日はとてもイヤなものに見えた。
その前に、自分達の荷物は大丈夫かチェックしてみた。
パソコンの位置は、盗まれてる物はないか見てみると、私がやられていた。
サブバッグに入れておいたポーチが盗まれていた。
中には、安リップクリーム・安鏡・かゆみ止め・ボールペン等、全然大した物は入ってなかったが、
初めてやられたショックは大きかった。
まあ入れといた場所がマジックテープだったというのが大きな原因ではあるが。
その他は、リュックも車内で全開に開けられていたにもかかわらず、とりあえず盗まれた物はなかった。
しかし悔しい。ちくしょー!!


さて、時刻表を見てみると、ムンバイ行きは朝の6:00に出る。
今の時間は夜の12:00。かなり冷え込んでいる。
これで6時間も待つのはかなり厳しい。
毛布も何もないのに、6時間コンクリートの上でただ座って待つのはつらい。
すると、3:50に着くデリー行きの列車を発見した。
私達の次の目的地はデリーだ。
ムンバイ〜デリー間のチケットは持っているが、わざわざムンバイに戻らなくても、
これに乗れば一気にデリーへ行くことができる。
そうするとムンバイ〜デリー間のチケットは無駄になるが、キャンセルできようができまいが、
そんなことどうでもよかった。
早くこの寒さとインドから逃げ出したかった。
デリーまで行けば、次のパキスタンとイランが待っている。国境はすぐ目の前だ。
決めた。デリー行きのチケットを買おう。

チケット売り場に行くと、ここで買えるのは2等のみで、
それ以上のクラスは直接列車内の車掌に交渉せよ、とのことだった。
2等も出発1時間前でなければ買えないという。
ということは、列車が来るまで乗れるのかどうかわからない。
でも待つしかなかった。
私達にできるのはそれしかない。
チケット1枚も買えないまま、本当に列車に乗れるのかもわからないまま、
周りの寝ている人達と同じく、ゴミだらけのコンクリートの上に横になった。


2時間後、寒くて目が覚めた。
コンクリートの冷たさと気温の低さで、体中鳥肌が立っている。歯もガチガチ鳴っている。
もうすぐデリー行きの列車が来る時刻だ。
でもここが始発じゃないから遅れる可能性も大きい。
来ているかわからないけど、とりあえずホームに行こう。
私達はチケット売り場を離れ、ホームに向かって歩き出した。

駅のホームに行く階段には、毛布に包まった人々が大勢並んで座っていた。
それもものすごい人数だ。その中にも、例の四角いバッジを見つけた。
いつでも列車に乗れるようにあえて構内では待たずに、寒い風の吹き付ける階段で待っているようだ。
ということは、私達が乗ろうとしているデリー行きの列車を狙ってるのではないだろうか。
この人数が一斉に乗りこむのは、絶対2等だ。座席も寝台も関係になく乗り込むに決まってる。
これじゃあ前の列車と同じ目に合うのはわかりきっている。
わざわざ途中下車した意味がなくなってしまう。

マズイ。どうしよう。
ファーストクラスでもいいから切符を手に入れたい。
それともデリー行きでなくても、何か他の列車はないだろうか。
チケットを手に入れなければ、一生ここから抜け出せないんじゃないか。
そう思った。
この寒くて、汚くて、死んだように毛布に包まった人間の中から逃げたかった。
何でもいいから列車に乗りたかった。
どこでもいいから列車の来ているホームを見ることにした。
行き先を見て、わかるところなら乗ってしまおう。
すると1本の列車が停車していた。
前と同じように、人が大荷物を抱えて乗り込もうとしている。
行き先は、ゴラクプール発ダダール行。
これを見た瞬間、驚いた。
ダダールは、明日ムンバイ〜デリーの列車の乗車駅だからだ。
これに乗れば、明日のデリー行きのチケットを無駄にすることもない。
でも2等は絶対ダメだ。
あの人数じゃあ、寝台車がただの超満員座席になってしまう。
よし。ダメもとでACクラスの寝台車に空きがあるか聞いてみよう。
ACクラスの車掌に、これまでの事情を説明し掛け合ってみた。
できればこの途中下車したチケットを利用できないかとお願いしてみた。
すると、1人Rs250でよいなら乗れるとの返事だった。
いくらでもいいから早く暖かい列車に乗りたかった私達は、二つ返事でOKし、列車に飛び乗った。


時間はまだ4時。列車内は静まり返っている。
みんな寝ているのだ。
2等寝台だったら誰かしら起きていて、通路をうろうろしてそうなものだが、そういうことが全くない。
相方が料金を支払い終わって、枕・シーツ・毛布を持って戻ってきた。
私はACクラスに寝具がつくことを知らなかった。
静かな車内、きれいな寝具、暖かい温度。
これが料金の差なんだと実感した。
2等寝台よりも3倍もするが、その分快適性は段違いだ。
さっきまで自分がいた環境とあまりのギャップに、また涙が出た。
今度はホッとしたせいで、気持ちが緩んで出た涙だった。
これで抜け出せる。よかった。

寝る前にふとレシートを見ると、2人でRs426と書いてあった。
確か車掌は2人でRs500と言っていた。
これは後でわかったのだが、車掌は私達の途中下車したチケットをそのまま使わせてくれた。
支払った代金は、ACクラスへアップグレードの差額+ベッドチャージRs30。
これの合計が、Rs426。
つまり残りのRs74は車掌の懐に入ったらしい。
普段なら当然文句を言うが、別の列車のチケットをアップグレードしてくれたことと、
いくらでもいいから早く乗せて欲しいというのがあったので、文句を言う気はさらさらなかった。
むしろ乗せてくれたことに感謝しているくらいだった。
レシートの件を問題視する気力もないほど、相方も私もものすごく疲れていたので、
ベッドメーキングをした後、死んだように眠りについた。


翌朝、列車がもうすぐ着くというので相方に起こされた。
周りはとっくに起きている。午前10:00だ。
シーツや毛布をたたんで、ベッドを元通りに直した。
ようやく乗客や車内の様子を見ることができた。
窓ガラスは外から見えないように黒いが、中からははっきり見えるスモークがかかっている。
しかも2重窓で、騒音もしない。
その他は2等と作りは一緒だが、こっちのほうが断然きれいだ。
乗客も裕福そうな家族や、ビジネスマンが多い。
そして大声で騒ぐ人は1人もいない。
あの忌まわしい列車とは別世界だ。
そして今見ている沿線のスラム街とも別世界だ。
昨日の出来事を夢のように思いながら、外の風景を眺めていた。

しばらくすると終点のダダールに着いた。
駅のホームには、一晩すし詰めで過ごしたようなインド人たちが、続々降りていた。

そうだ。これで天国も終わりなんだ。これからが現実が待っている。
この列車から1歩出れば、またあの混沌としたインドに戻ってしまう。
もっと乗っていたい。
しかし、いつまでも乗っているわけにはいかない。
きっとすぐにこの雰囲気にも慣れるだろう。ついこの前までいた場所なんだから。

そう自分に言い聞かせていた。
列車を降りた私は、昨日の夜までの私と違っていた。
インドの無秩序さに興奮し、楽しんでいた私ではない。もうインドの何もかもが、すべてがイヤになっていた。
イヤと言うよりも、インドというものが恐怖の対象になっていた。
でも、これからまだインドに滞在しなければならない。ましてや今夜は列車でデリーに移動だ。
こんな状態でインドにいたら、どうにかなりそうだ。
どうすればいいんだろう。
人の流れに身を任せ、半分泣きそうになりながら、重い荷物と体を引きずって私達は駅を出た。

2000/12/7

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